2006年02月22日

棋士

fu.gif「棋士になってよかったことはいろいろあるが、心ゆくまで考えられることもその一つである。僕は序盤の何でもない局面で考えるのが好きだ。いままではできなかったその幸せを、棋士になってからの一年半でだいぶ満喫した。きっとこれからも続けていくだろう。(略)
出来る限り見たことのある局面へと誘導して戦い、そのためだけに研究を積み重ねた。そうして私は、四段になった。いまはもうそんな必要はなくなった。時間はたっぷりある。好きなときに好きなだけ考えればいい。
知識は勝つための知識ではなく、考えるための知識になった。研究は勝つための研究ではなく、将棋をより楽しむための研究に変わった。自由に考えられることがこれほど面白いことだとは知らなかった。本当に、棋士になれてよかったと思う。」

以上、あるプロ棋士四段の言葉だそうです。
奨励会が限られた時間の中で勝つための将棋を優先するという、あたり前の現実と、その勝負の過酷さをよく表しています。
自由に考える喜びを味わうことが許されない、そのような緊張感の中での将棋とは、どのような戦いだったのでしょうか。
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posted by ひろパパ at 23:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 奨励会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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